名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)1323号 判決 1988年11月30日
原告
破産者株式会社ジャパンリース破産管財人
野島達雄
右訴訟代理人弁護士
中村弘
被告
愛知マツダ株式会社
右代表者代表取締役
深川洋
右訴訟代理人弁護士
鬼頭忠明
主文
一 被告は原告に対し、別紙物件目録記載の各自動車を引き渡せ。
二 被告は原告に対し、昭和六〇年一二月六日から前項の各自動車の引渡し済みまで各自動車ごとに一か月金四万円の割合による金員を支払え。
三 被告は原告に対し、別紙物件目録記載の各自動車につき、それぞれ所有権移転登録手続をせよ。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は、第一項、第二項及び第四項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 訴外株式会社ジャパンリース(以下「訴外会社」という。)は、昭和六〇年一二月五日、名古屋地方裁判所において破産宣告を受け、同日、原告が破産管財人に選任された。
2 訴外会社は、昭和六〇年八月、被告からその所有に属する別紙物件目録記載の各自動車(以下「本件各自動車」という。)を買い受けた(以下「本件各売買契約」という。)。
3 被告は、昭和六〇年一二月一日以降、訴外有限会社チェリーブックに本件各自動車を賃貸してこれらを間接的に占有している。
4 本件各自動車の使用料相当額は、昭和六〇年一二月一日以降、それぞれ一か月四万円を下回らない。
5 本件各自動車につき、被告を所有名義人とする各所有権移転登録がされている。
6 よって、原告は被告に対し、訴外会社の破産管財人として破産財団に属する本件各自動車の所有権に基づき、本件各自動車引渡し及び破産宣告の日の翌日である昭和六〇年一二月六日から右各引渡し済みまで各自動車ごとに一か月四万円の割合による損害金の支払並びに本件各自動車についての所有権移転登録手続をそれぞれ求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1ないし3及び5の事実はいずれも認める。
2 同4は争う。
三 抗弁
1 被告は、訴外会社との間で、昭和六〇年一一月二〇日、本件各売買契約を合意解除したから、訴外会社は同日本件各自動車の所有権を失った。
2 仮に右合意解除による所有権喪失の主張が容れられないとしても、被告は、訴外会社から本件各売買契約に基づく代金支払を全く受けておらず、したがって、この代金債権各一一五万三〇七〇円につきそれぞれ本件各自動車の上に動産売買の先取特権を有しているところ、本来この権利の実行としては目的物たる本件各自動車の引渡しを求めて換価のため競売することができるものであるから、現に訴外会社から本件各自動車の任意の引渡しを受けて占有している以上、被告はこれらを原告に引き渡す義務はない。
3 被告は、右2記載のとおり本件各自動車の上に動産売買の先取特権を有し、その目的物たる本件各自動車の換価代金及びそのリース料金についても担保権の物上代位による優先権を有するものであるところ、訴外会社は本件各売買契約に基づく代金を全く支払っていないのであるから、担保権者である被告において引渡しを受けた本件各自動車を他に任意処分しても、右処分価額が右売買代金額を上回らない限り(そのようなことはあり得ない。)、原告が被る損害は何もないというべきである。したがって、本件損害賠償の請求は理由がない。
4 右2の事情に加え、本件各自動車の時価がその代金債権額を下回ること等を総合すると、原告の本件損害賠償請求は権利の濫用というべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2ないし4はいずれも争う。
五 再抗弁
仮に、被告の主張する合意解除の事実が認められるとしても、
1 被告は、訴外会社に対して破産宣告がされた昭和六〇年一二月五日の時点では、本件各自動車の所有権移転登録を経由していなかったのであるから、これに基づく所有権取得を、民法五四五条一項但書きの第三者に該当すると解される訴外会社の破産管財人である原告に対抗することはできない。
2 被告は、訴外会社に対して破産宣告がされた昭和六〇年一二月五日より後の日である同月一〇日に本件各自動車の所有権移転登録を経由したものであるから、破産法五五条一項、二項により、右登録を訴外会社の破産管財人である原告に対抗することはできない。
六 再抗弁に対する認否
被告に対する本件各自動車の所有権移転登録が昭和六〇年一二月一〇日に経由されたことは認める。
七 再々抗弁及び主張
1 被告は、本件各自動車の所有権移転登録をした当時、訴外会社に対して破産宣告がされている事実を知らなかった。なお、右破産宣告の官報公告は、昭和六〇年一二月一四日にされているのであるから、破産法五八条により、右登録時点での被告の善意が推定される。
2 仮に、右登録時点での被告の悪意が認定されるとしても、被告は、本件各売買契約を抗弁1において主張したとおり破産宣告前に合意解除し、その際、指図による占有移転の方法により引渡しを受け正当に本件各自動車の占有を開始したものであるから、民法一八九条ないし第一九一条に照らし、本件各自動車の所有権移転登録の対抗問題にかかわりなく、不法占有を理由として損害賠償を請求されるいわれはない。
八 再々抗弁に対する認否
1 破産宣告の官報公告が昭和六〇年一二月一四日にされたことは認めるが、被告が破産宣告の事実を知らなかったとの点は否認する。被告は右事実を知っていたものである。
2 同2は争う。
第三 証拠関係<省略>
理由
一請求の原因について
1 請求の原因1ないし3及び5の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
2 同4の事実は、<証拠>により認めることができる。
二合意解除の抗弁について
1 <証拠>によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件各自動車は、いずれも元被告の所有であったものであるが、昭和六〇年八月、訴外会社に売り渡され(この事実は当事者間に争いがない。)、いずれもリース契約により訴外会社から訴外有限会社チェリーブック(当時の商号は、有限会社チェリートラベルエージェンシー、以下「チェリーブック」という。)にリースされた。
(二) 訴外会社は、本件各売買契約において本件各自動車の代金を昭和六〇年一一月三〇日満期の約束手形で支払う旨約束したが、右約束に反し、被告の度々の催促にもかかわらず手形を交付しなかったところから、被告の渉外担当部長である中村嘉彦が昭和六〇年一一月二〇日ころ訴外会社を訪れ、訴外会社の代表者和歌幸藏と面談し、同日に至るまで手形をもらえない状況では本件各売買契約はなかったことにしたい旨を申し入れた。右申入れに対し右和歌は代金の支払又は手形の交付について具体的な提案をすることなく、本件各自動車の所有名義を被告に戻すための移転登録に必要な譲渡証明及び登録申請の委任状の各用紙の所定欄に訴外会社代表者印を押捺し、印鑑証明書と共にこれらを右中村に交付した。その際、右和歌から顧客(チェリーブック等を指す。)に迷惑のかからないようにしてほしい旨の要望があったので、右中村は今後チェリーブックと協議して改めて被告とチェリーブックとの間でリース契約を結んでもよいという意向を示し、右和歌もそのような処理がされることを期待して右各書類を交付した。
(三) 被告は、昭和六〇年一一月二四日ころ、チェリーブックとの間で、本件各自動車を訴外会社との間の前記各リース契約と基本的には同じ内容でリースする話を進め、同年一二月一日、その旨の契約を締結した。
(四) 被告は、昭和六〇年一二月一〇日、訴外会社から受け取った前記書類を使用して本件各自動車の所有名義の移転登録手続きをし、自ら所有名義を有することとなった。
2 右に認定した事実及び弁論の全趣旨からすると、訴外会社は、昭和六〇年一一月二〇日ころ、被告との間で本件各売買契約を合意解除したものと推認することができる。
もっとも、<証拠>によると、被告は、訴外会社との間で、同会社に対する本件各自動車の売買代金債権の回収確保のため、昭和六〇年一一月二五日、右債権につき債務承認弁済契約公正証書を作成している事実及び右公正証書作成に必要な書類は同月二〇日ころ、すなわち前記移転登録に必要な書類が交付されたのと同じころ訴外会社から被告に交付されている事実が認められるのであり、この事実は右認定と一見相容れないようにも思われる。
しかしながら、<証拠>によれば、被告は訴外会社に対し本件各自動車のほかにも数台の自動車を販売しており、それらの代金支払の確保のためにはいずれにしても公正証書を作成する必要があったこと、同月二五日の段階では被告として、その後の訴外会社又はチェリーブックの対応如何によっては、前記合意解除を撤回し本件各売買契約を復活させてもよいと考えていたことを認めることができ、これらの事情を勘案すると、前記各事実は必ずしも本件各売買契約が前記のころ合意解除されたとの認定を妨げるものとはいえず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三再抗弁2及び再々抗弁1について
1 被告が訴外会社から本件各自動車の所有権移転登録を得たのが昭和六〇年一二月一〇日であること、訴外会社が破産宣告を受けたのが同月五日であり、右破産宣告が官報に公告されたのが同月一四日であることは当事者間に争いがない。
2 そこで、被告の悪意の点についてみるに、<証拠>によれば、昭和六〇年一一月二六日発行の中日新聞及び日本経済新聞には訴外会社が同月二五日自己破産の申立てを行った旨の記事が掲載されていること、被告は取引先の信用状態を調査するため日常的に某興信所から資料の提供を受けていたこと、被告は、本件各売買契約を合意解除した同月二〇日ころには既に訴外会社の信用状態に対し少なからぬ不安を抱いていたことが認められるのであり、右事実及び弁論の全趣旨によれば、被告は訴外会社が破産宣告を受けた日の翌日である同年一二月六日には右破産宣告の事実を知っていたものと推認することができる。<証拠>中右認定に反する部分はにわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
3 そうすると、被告は、本件各売買契約の合意解除により自己が本件各自動車の所有権を回復的に取得したこと(したがって訴外会社が所有権を喪失したこと)をもって訴外会社の破産債権者すなわち破産管財人に対抗することができないものといわなければならない。
四その余の抗弁等について
1 抗弁2について
動産売買の先取特権を有するものは、目的動産が自己の占有下にあるときはそれを執行官に提出して動産競売の申立てをすることができ、そのことによって目的動産から債権の優先弁済を受け得る(民事執行法一九〇条参照)ものの、そもそも右先取特権は、目的動産を自己において直接支配する権利はなく、また追及効もないのであるから、目的動産の占有者に対してその引渡しを請求したり、所有者からの返還請求を拒んだりする実体法上の権利は持たないと解すべきである。
そうとすると、抗弁2の主張は理由がないことが明らかである。
2 抗弁3について
原告が本件で賠償請求している損害は、所有物を利用あるいは使用できないことによる損害であり、換価を前提とするものではない。したがって、被告が抗弁3において問題とするところは本件における損害と関わりがなく、抗弁3の主張はそれ自体失当というべきである。
3 抗弁4について
被告の主張する事実自体によっても、いまだ原告の本件損害賠償請求を権利の濫用とみることはできず、他に右請求を権利の濫用とみるに足りる資料はない。
4 再々抗弁欄2の主張について
原告が本件で賠償請求している損害は、昭和六〇年一二月六日以降に発生する損害であるところ、被告は同日訴外会社が破産宣告を受けたことを知ったと認められること前記のとおりであるから、同日以後も善意であることを前提とする被告の右主張は理由がない。
五よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれらを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官清水信之 裁判官出口尚明 裁判官根本渉)
別紙物件目録<省略>